【『機劇〜』上演にあたって】篠田千明インタビュー

いよいよ7月11日(金)より幕を開ける、篠田千明新作『機劇〜「記述」された物から出来事をおこす〜』
東京での本格的ソロ活動第一弾を前に、快快脱退後の篠田が何を考え、どんなことをしてきたのか?
そして今回どのようなことを考え、チャレンジしようとしているのか?
篠田とその活動の現在にせまる、ロング・インタビューを敢行しました!

第一弾として篠田千明へのインタビューを公開します。ぜひ公演をご覧になる前にご一読ください!

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――篠田さんの今の活動を聞くにあたって、まずはどうしてバンコクに移住したのかというあたりから話を始めたほうがいいのかなと思うんですけど、移住したのは2012年のことですよね?
篠田 そう、2012年だね。これはもういろんなところで話してるけど、私は東京生まれ東京育ちで、東京を出たことないんだよね。地震のあと体調を崩してたこともあって、「これは良いチャンスだ!」と思って東京を離れることにしたの。そのときはベルリンとバンコクと大阪、三つの候補があったんだけど、移動をきめた段階ではまだ快快を抜けるつもりでもなかったので、ベルリンだとちょっと遠過ぎるし、大阪だと近過ぎるしってことでバンコクを選んだんだよね。今思うと、大阪だとそんなにそんなに変わんなかっただろうなとも思ってるし、ベルリンに行かなくてよかったとも思ってるけど。

――大阪だと近過ぎてあんまり変わらなかったというのはわかりますけど、ベルリンに行かなくてよかったというのはなぜ?
篠田 やっぱり、劇場があってそこに人が集う――その文化自体が西洋からきてるものじゃない? ヨーロッパにはそのシステムがあるんだけど、そこに行ってもシステムに自分をフィットさせることしかできなかったと思うんだよね。バンコクだと、まだ演劇のカルチャーが全然なくて。もちろんそれはデメリットでもあるんだけど、特定のお客さんに対して自分の考えをフィットさせるのではなくて、お客さんを自分で探してつかまえてくることができるんだよ。「こういう人に観てほしい」って人にどんどんアプローチして、それが演劇シーンを作ることに繋がっていくってことがよかったかな。
――その感覚、快快にもありますよね。普段演劇を観てるお客さんだけに観てもらうんじゃなくて、仲良くなった人たちを劇場に引っ張ってくるという。
篠田 そうそう、そういうことがバンコクでできてるのがいいな、と。もちろん、アジアの目線だけで見ていてもよくないと思ってるけど、最初にベルリンに移住してしまっていたら、ヨーロッパのリアリティってことしか受け取れなくなっただろうから。
――篠田さんは「世界的いそうろう」って肩書きをつけてたときもありますよね?
篠田 今でもそうなんだけどね。プロのいそうろうだから。
――いそうろうとして渡り歩くことと移住することって、近いようでいて結構違いがありますよね。
篠田 そうだね。私がバンコクに家を持ったことで、バンコクの私の家にいそうろうする人が増えたのはいいことだと思うし、たくさんの人がバンコクに来るようになって、東京とバンコクというものが薄く繋がり始めてるんだよね。日本人だけじゃなくていろんな国の人も友達の友達、みたいな感じで来るし、バンコクに旅行できてたまたまあった人も住みついたり。常にだれか住人以外の人がいるっていうか。そういう意味では、私が今バンコクに家を持ってるってことはすごく機能してると思う。ただ、私はホストでいることがちょっとめんどくさくなってきちゃって。バンコクにいないことも増えてきたので、10月からはSupernormal(バンコクにあるスタジオ)に戻ろうと思ってる。
――またいそうろうに戻るんですね。ちなみに、いそうろう生活を始めたのっていつ頃からなんですか?
篠田 自分で家を借りないって決めたのは26のときだから、ちょうど「キレなかった14才♥りたーんず」の前くらいだね。その年から快快のツアーが始まるっていうのもあって、大体の荷物は処分して、ちょこっと荷物を実家に置いて、人んちを渡り歩いてて。そのなかで見つけた「いそうろう3か条」があって。
①自分が使ったものじゃなくても、置いてあったら皿を洗う
②できるだけ家主にごはんを作る
③家主と別のところに寝場所を作る
この3か条を守っていれば結構大丈夫だってことに気づいたんだよね。それで、ツアーが始まってかも一人だけ東京に帰らずにバンコクに行って、そのとき初めて長期滞在したのかな。そのときもたまたまいそうろうできる家があったから、26ぐらいからずっといそうろうをやってるんだけど。
――いそうろうとしていろんな街を歩いてみたいというのは、何なんですかね? そういう生活を送りたいという欲求と、篠田さんが演出家として作る演劇というのは重なるところがあるんですかね?
篠田 いや、いそうろうは「自分自身の生活を大事にする」みたいなことと繋がってるかな。楽しくごはんを作るとか、楽しく寝るとか、楽しく散歩するとか、そういうこと。いそうろうっていうのは自分がもともと好きなことのほうに近いんだけど、演劇とはそこと違うかもしれない。
――前に「演劇に対する情熱があって演劇を始めたわけじゃない」と言ってましたよね。それでも演劇をやっていたのは、快快というチームのメンバーとものをつくるのが楽しかったからだ、と。
篠田 そうそう。快快で作品を作ってるときは、自分ひとりがカードを切ってるんじゃなくて、全員でカードを切り合って、それを集めてシャッフルして、また全員でカードを切り合って……。それをね、ほんっとに飽きもせずずーっとやってたんですよ。それって結構キツいんですよ。キツいんだけど、それがすごく楽しかったんだよね。
――その楽しさというのは?
篠田 何だろうね? 演劇というのは他者の目が入ることで完結するメディアなので、お客さんに食べてもらうために料理の準備をするみたいなところがあると思うんだよね。ただ、快快は「ペペロンチーノを作ろう!」と言ってペペロンチーノを作るんじゃなくて、名前のない料理を作ってたところがあって。何を作るかわからいままとりあえず食材をぶっこんでみて、「ここは食べにくそうだね」とか「ここは味付け濃かったね」とかって手を加えていくんだけど、それが最終的においしい料理になったとき、とてつもない満足感がある。自分はそれが好きなんだと思う。ただ、それは本当に楽しかったんだけど、「それだけやっててもダメなんだろうな」と思ったから抜けることに決めたし、一人になってから見えることもすごく多いなとは思ってるよ。

――抜けてから見えることはあるだろうなと思うんですけど、あの当時「それだけやっててもダメなんだろうな」と思ったというのは、どういうところに思ったんですか?
2_201404"Replay" The short performance and artist talk

篠田 端的に言うと、皆が日本のお客さんをメインにしたいと思ったときに、私はそのリアリティだけじゃ生きられなくなっちゃってたんだよね。さっきのごはんの話で言うと、東京の人たちだけに食べてもらうのか、それともタイの人やベルリンの人にも食べてもらえる料理にするのか――それを考えたときに「これ以上は無理だ」と思ったんだと思う。

――そこが僕にはよくわからないんですよね。だって、日本でやるときも、わりと自分たちでお客さんを劇場に引っ張ってきてたわけじゃないですか。それでも「そのリアリティだけじゃ生きられなくなった」というのは、一体どういうことなんですかね?
篠田 うーん……。すぐには答えを出せないけど、手癖が出てきちゃうのが嫌だなと思ったっていうのはある。もちろん、同じことを繰り返したほうがうまくなるとは思うんですよ。同じ人、同じようなターゲットに向けて続けていくほうが精度も上がっていくしね。でも、私は同じことをやるのが苦手だし……。それはでも、快快として初めてツアーに出たときから思ってたかもしれない。

――ただ、とはいえ、今回の「機劇」という4つの新作を発表する場所はすべて東京なわけですよね。何で今回は東京のお客さんに食べてもらいたいと思ったんですか?

篠田 それで行くと、今回の「機劇」とかは自分の興味しか追求してないから、他者の目ってものをそこまで意識してないですね。自分がたった今興味あることを素直にみせることが出来る、というか。なぜなら、東京で演劇をやることの意味は、自分の中ではスピードにあるので。
――スピード?
篠田 そう。私、街と言語は似てると思ってるんだけど、東京という街を使うのと日本語を使うのって、感覚として近いものがあって。たとえば日本語でコミュニケーションを取るのは早いんだけど、その代わり言葉を使うときに手癖が出るじゃん。でも、英語を使うときは――私はネイティヴじゃないし、ちゃんと習った英語じゃなくていろんな人から耳で聞いた英語だから、結構バラバラだと思うんですよ。あるときはタイ英語だし、あるときはオーストラリア人に教えてもらった英語になる。その言葉は、私の手癖じゃなくて誰かの手癖だった言葉だと思うんだけど、自分の手癖じゃない言葉で考え事をしたほうが思考が進むのね。もちろん日本語は使い慣れてるし、好きだし、いいんだけど、日本語だと自分の中にあるイメージがぼんやりしてても、それをなぞるように言葉を置けたりしちゃうんだよね。英語のほうがスピードは遅くなっちゃうんだけど、「わからないから書けない」ってことに素直になれるってところが、街に対する感覚に近いんだと思う。
――なるほど。初めて行く街だと、コードもわからないし、どこをどう行けばいいのかもわからないけど、東京だと知らないとこでも何とかなりますからね。今の話を聞いていると、街にしても言語にしても、篠田さんは自分の中に染み付いているものを掘り下げていくことに興味はなくて、知らない言語や街に触れることで誘発される思考に興味があるんでしょうね。
篠田 そうそう。私、自分に全然興味がないんですよ。大して何も考えてないからね、ほんと。昼寝して、散歩して、ぼーっとして……。アイデンティティというか、「私はこれが好きなんだー!」みたいなことが、そんなに強くないんだと思うよ。
――篠田さんは前に、「人類学者になりたいと思ってた」と言ってたことがありますよね。「演劇が好きで演劇を始めたわけじゃない」とも書いてましたけど、だとすると、今演劇をやってるのはなぜですか?
篠田 いや、面白いんですよ。好きじゃないけど、演劇って面白いの。人類学者になりたい、ってかなり前にいってたんだけど、いまは舞台芸術の演出家であることはけっこう気に入っていて。すごいメディアだと思うよ。すごく古いメディアだし、なくなってもいいじゃないと思うんだけど、なくならないのもすごいと思う。なくならないってことは、必要なものだからなくならないんだと思うんですよね。子供も演劇するしお年寄りも演劇するし、一人でも演劇するし二千人でも演劇するし、今は「東京はすごく演劇してるな」と思ってる。演劇は基本的にアナーキーなものだから、演劇を観にくること自体危ない行為だと思います。それがまた楽しいし、ちゃんと使えば健全なものでもあると思うけど。
――危ないというと?
篠田 たくさんの人が集まるってことだけでも、危ないと思うけど。それに、全員で一つの作品を観て、ある空間の中で共犯関係を作るのが演劇というメディアなので、それは危ないっちゃ危ないよね。昔のイギリスとかでは演劇は禁止されてたこともあるし、劇場に行くこと自体が危ないことでもあると思う。
――なるほど。もう一つ引っ掛かったのは、さっき篠田さんが「東京はすごく演劇してる」と言ったことで。それはどのポイントを指して言ってる?
篠田 私、3日前までベルリンに行ってたんだけど、パソコンの充電器を忘れちゃって、ずっとインターネットを見れてなかったんだよね。それで東京に帰ってきて、インターネットを見てみたらすごいことになっていて。選挙でもないのに、皆殺気立ってるなと思ったんですよ。でも、ああいうことって、いつも言ってないとしょうがないと思ってるんですよね。でも、政治の話とかって普段は会話にすらのぼらないじゃない? サッカーの話をするくらいなら、政治の話をいろんな人として「お互い意見が違うんだ」ってことを確認することのほうが根本的な解決になるんじゃないかと思う。
――なるほど。篠田さんは前に「バカにされるかもしれませんが、私は毎度まいど初詣のたびに、世界平和をねがいます」と書いてましたよね。今はもう21世紀なのに、「あいも変わらず、人はこの土地にいて、そこにいる問題を解決できない」と。篠田さんが今取り組もうとしている演劇は、世の中に対するそういう問題意識と繋がっているわけですよね。
篠田 そう。来年の作品は悲劇にしようと思ってるんだけど、21世紀になってもおきてしまっている様々な悲劇があって、その根本的な解決をするために――「解決するために」というと言い過ぎかもしれないけど、解決方法を探るために、演劇は有効だと思っていて。悲劇は、それが実際におこってしまうと“悲劇”ですけど、おこしてしまえばそれは“劇”になるでしょ。ただ、それを劇におこしただけではダメで、それを劇ではないもの――“非劇”にすれば有効になるんじゃないかと思ってるんだよね。
――ちょ、ちょっと途中からついていけなくなったんですけど、「劇におこしただけではダメ」というのはどういうことですか? ただ劇なだけだと、どこか他人事のままになってしまうから、“劇のまま”ではなく“劇ではないもの”にしなければならないということですか?
篠田 ええっと、非劇機劇、というのが、劇に非ず、と、劇を機する、ということで、どちらも”劇”の周辺にあるものではあるとおもうのだけど、そのうえで劇に非ず、否でははなく非である、のは、劇的なものに対する否定ではなく、劇になりきらない、という事だと思うんだけど、劇になりきってしまうと有効範囲が劇場のなかでしかきかなくなってしまうんじゃないかな、と思っていて。
――なるほど。理屈は少しわかったような気がしますけど、具体的に「劇じゃないものにする」というのはどういうことになるんですか?
篠田 そう、それを考えるのが今回の「機劇」なんだよね。劇のきっかけは何なのか、劇のとっかかりになる出来事がおきることと、それを劇におこすことは何だろうって考えるために、4つのパターンの作品があって。ただ、この「『記述』された物から出来事をおこす」ってコンセプトは、悲劇をやるための前段階ってだけじゃなくて、前にもふにおこしてもらった岡田(利規)さんとトークをしたときに考えていたことでもあって。
――ああ、あの時戯曲の話をしてましたよね。
篠田 あそこで岡田さんと話したときに、「劇におこすべき戯曲って何だろう」とか、「記述されたテキストって何だろう」ってことまで一回考えたことも、今回の「機劇」の発端になってるかも。それと「来年には悲劇をやる」ってことがくっついて、4つの新作を作ってみることにしたんだよね。

――なるほど。201405_itsmyturn_visual03今回は4つの「記述」された出来事――身体による記述、譜面による記述、絵による記述、テキストによる記述を扱うわけですよね。この4つになったのはどういう経緯があったんですか?

篠田 これはトークにも出てくれる石川初さんと前に話してたときに聞いた話なんだけど、「上水道は交通網に沿うように、下水道は地形に沿うように発達する」と。今年の2月に大雪が降ったけど、東京という街では下水が地形に沿って切り出されてないから、いつまで経っても雪が流れなかったじゃなない? そう考えると、悲劇は下水のような存在だと思っていて、下水が切り出されてないから悲劇が流れないんじゃないかと思ったんだよね。じゃあ悲劇が流れるための地形とは何だろうと考えたときに、それは物語であろう、と。今度の新作は物語を扱っているわけではないんだけど、4つの違う切り口で“戯曲”というものに取りかかることによって、自分がどういう地形と向き合うべきか、少しは見えてくるんじゃないかと思ってる。まあでも、こういう言い方をしてるとワーク・イン・プログレスみたいに思われるかもしれないけど、そうじゃなくて、4つの独立した短篇なんだけどね。

――今の話にあった「悲劇は下水<道>のような存在である」というのが、ちょっと、わかるようでわからないんですよね。
篠田 私もはっきりと考えをまとめられてはいないんだけど、「上水道は交通網に沿い、下水道は地形に沿う」というのがすごく腑に落ちたんだよね。今、上水道――テレビとかインターネットはすごく発達してると思うの。その交通網みたいなものは整備されているから、希望というのは広く遍く届けることができると思うんだよね。でも、そこに悲劇をのっけると、その交通網は地形に沿ったものではないから溢れちゃって、溢れたものが炎上みたいな形で出てきちゃってるんじゃないか、と。炎上が良いとか悪いとか思わないし、何かを炎上させてる人を非難するつもりもないけど……見ていて醜いじゃないですか。
――美しい風景ではないですね。
篠田 うん。ただ、その人たちも受け入れたいと思うんだけど、今のままだと接点が持てないと思っていて。その接点を作るためには、その人たちがどういう物語の上に立っていて、どういう地形の上に立っているかということをよく見ることで、そこを切り崩すものを作れるんじゃないかなと思ってる。ただ、今のままだとそういう悲劇は作れないので、悲劇を作るために必要な筋力を養っているところはあるのかもしれないね。
――単なるワーク・イン・プログレスってわけではないけれど、何か新しいことにたどり着くためのシリーズではあるわけですね?
篠田 来年やる作品が今回の4つの要素を含むわけじゃなくて、まったく別の作品になるとは思うんだけど、私の中では「これを作るために、これをやっとかなくちゃ」ってことがわりとあるんですよ。それに、私が今考えてることだけでやってみても、あんまり面白いものは作れないと思ってるんだよね。ちゃんと作品にしてみないと、それが何であるのか、私はよくわからないから。
――なるほど。作品を作るために、一緒に作品を作る人と何かを共有したり、あるいはお客さんに対して作品を差し出して何かを共有するってことが、篠田さんが演劇をやっている理由でもあるわけですね。それを通じて、篠田さん自身も何かを考えることができる、と。
篠田 うん、たぶんそういうことだと思う。快快から離れたことで、今の私には自分の考えていることをフィードバックする相手がいなくなったんですね。前は、2週間に1回、「こういうことを考えていて、こういうことに興味がある」ってことを言うチャンスがあったし、それを試しにやってくれてたわけですよ、皆。そういう相手が一切いなくなってしまったわけだけど――でも、物を作る相手がいないと私は何もできない人なので、一人の頭で考えていても作りあぐねちゃうっていうのはある。それに、一人の頭で考えてることなんて、やっぱり大したことないんだよね。それを相手に伝えて、共通のイメージを作り上げていくときに、もう少し大きなものになっていくんだと思う。私にとってはそれが「演劇を肯定する」ってことと繋がってるんだと思うよ。

(2014年7月3日、池袋ドゥアン・ダーオにて
取材・構成・文=橋本倫史)

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